シンガポールに住んでいると、朝の過ごし方が少しずつ変わっていく。
最初は慣れないローカルフードに戸惑っていたが、気づけばコピティアム(ローカルコーヒーショップ)でカヤトーストを頼むのが当たり前になっていた。
観光で訪れたときには気にも留めなかったこの朝食が、在住者になってから欠かせない存在になるとは思っていなかった。
カヤトーストはシンガポールを代表する国民食でシンプルな見た目の割に、その背景には植民地時代から続く歴史と多民族国家ならではの文化的な融合が詰まっている。
カヤトーストとは何か
カヤトーストの基本は、薄く焼いたトーストにカヤジャムと有塩バターを挟んだサンドイッチです。
カヤジャムとは、ココナッツミルク・卵・砂糖・パンダンリーフを煮詰めて作るジャムのことで、甘くてとろりとした独特の食感が特徴。
パンダンリーフは東南アジアのハーブで、爽やかな草の香りとほのかな甘みがある。このカヤジャムと有塩バターの甘じょっぱい組み合わせが、やみつきになる理由だ。
定番の食べ方はセットでの注文です。カヤトーストに半熟卵とコピ(ローカルコーヒー)または紅茶が付く「カヤトーストセット」が基本スタイルで、半熟卵にはダークソイソースと白胡椒をかけて食べる。甘いカヤトーストと、醤油の塩気が効いた半熟卵の組み合わせは、初めて食べる人には意外に感じるかもしれないが、これがシンガポール流の朝食だ。
植民地時代から続く歴史
カヤトーストの起源は19世紀末から20世紀初頭の植民地時代にまで遡る。
当時のシンガポールはイギリスの植民地であり、イギリス式の朝食文化としてパンやジャム・紅茶が普及していた。
そこに中国系移民、特に海南島出身の移民たちが現地の食材であるココナッツや卵を使ったカヤジャムを生み出し、西洋のジャムトーストと組み合わせたのがカヤトーストの始まりとされている。
現在も続く老舗チェーン「ヤクン・カヤトースト」の歴史がそれを象徴している。
1926年、15歳のロイ・ア・クンは海南島からシンガポールに渡り、地元の海南人コミュニティに引き寄せられてコーヒーショップで働き始めた。
1936年に中国へ一時帰国した際に結婚し、妻とともにシンガポールへ戻ると、地元の卵とココナッツを使った自家製カヤジャムをトーストに合わせる料理を完成させた。
1944年に独立してコーヒーショップを開いたのが、ヤクン・カヤトーストの始まりだ。
一方、カヤトースト発祥の地とされるのは1919年創業のキリニー・コピティアムだ。キリニーロードにあったKheng Hoe Hengというコーヒーショップで、炭火焼きのトーストにバターとカヤジャムをサンドしたものを提供したのが最初とされている。いずれにせよ、カヤトーストは100年以上の歴史を持つシンガポールのソウルフードだ。
カヤジャムの2つの種類
カヤジャムには大きく分けて2種類がある。ハイナニーズカヤとニョニャカヤです。
ハイナニーズカヤはブラウンシュガーやカラメル状の砂糖を混ぜて作るため、濃いカラメル色をしており、リッチな甘みが特徴だ。
甘いものが好きな人には親しみやすい味で、日本人にも比較的受け入れやすい。
ニョニャカヤはパンダンリーフを加えて作るため、鮮やかな緑色をしており、パンダン特有の草の香りが強い。
好き嫌いが分かれる味だが、シンガポール在住の日本人の間でも人気が高い。どちらが好みかは実際に食べてみないとわからないが、どちらも試してみる価値がある。
在住者目線での楽しみ方
観光客と在住者では、カヤトーストの楽しみ方が異なる。
観光客は有名チェーンのヤクン・カヤトーストやトースト・ボックスに立ち寄ることが多いが、在住者になると街のコピティアムで地元の人に混じって食べるようになる。
コピティアムは日本でいう定食屋に近い存在で、複数の屋台が集まったフードコートのような場所です。
カウンターでオーダーしてコピを受け取り、席で半熟卵とトーストが来るのを待つ。
冷房はなく天井の扇風機が回る中、地元の老若男女が朝から新聞を読んだりスマートフォンを見たりしながらカヤトーストを食べている光景は、シンガポールの日常そのものだ。
ヤクン・カヤトーストの本店であるファーイーストスクエア店では、今も炭火焼きでトーストを提供している。
薄切りのトーストはラスクのようにサクサクした食感で、チェーン店の中でも特別な体験ができる場所なんです。
シンガポールの朝食文化を体験するということ
大袈裟ではなく、カヤトーストはシンガポールという国の縮図だと思う。
イギリス植民地時代の文化に、海南島からの移民が現地の食材で独自のアレンジを加え、100年以上かけてシンガポール全土に根付いた。
多民族・多文化が混ざり合いながら独自の文化を生み出してきたこの国の歴史が、一枚のトーストに凝縮されている。
シンガポールを訪れる機会があれば、ぜひコピティアムに立ち寄ってカヤトーストセットを頼んでほしい。
半熟卵の食べ方に戸惑うかもしれないが、それも含めてシンガポールの朝食体験だと思う。